02
『要領が悪く、頑固で融通がきかない』とは、子供の頃から親に言われ続けてきたことで、宮原にもその自覚はある。
そして今日それを再認識してしまった。
時間に余裕がなかったにもかかわらず、駅までの最短ルートではない毎朝の正規ルート──と宮原が勝手に決めている──を取ったために、いつもより一本遅い電車に乗る羽目になった。
ゆえにこの日、宮原がオフィスの自席に着いたのは普段より五分遅れの始業十分前である。
自業自得とは言え腹立たしい。宮原にとって着席時間が五分遅れることは、遅刻よりも許しがたいことなのだ。
「これはまた、すごい」
寝癖を揶揄して、同期・同課の細田《ほそだ》が隣の席に着きながら宮原の後頭部を撫で上げた。
「午後の打ち合わせ前には直すよ」
「午後の打ち合わせまではそのままなわけね……」
細田の苦笑いには非難よりも呆れが滲んでいる。
宮原が所属しているのは、大手玩具メーカーの企画・開発営業部である。世間で今ウケているものは何か調査し、次に何がクルのか予想し、子供のみならず大人の心もガッツリ掴んで離さない商品について日がな一日考える──それが宮原の仕事だ。
外回りの営業はほとんどしない。プレゼン先は主に販売営業部、つまりは社内の人間なので、身だしなみに関してはそれほど煩く言われない。もちろん、物には限度があるけれども。
「俺の寝癖より自分の腹回りを気にしろよ」
PCのディスプレイから視線を一瞬細田の太鼓腹に投げて言うと、細田は悪びれることなく「毎日メシが美味いんだ」とのたまった。
名は体を表す、という諺を細田ほど裏切っている男もいないだろう。入社当時は宮原と変わらぬスラリとした細身体型だったのに、三年前に料理好きの女性と結婚してから二回りはでかくなっている。
「俺がメタボ腹になって嘆く女子社員はいないが、宮原の頭に寝癖を見つけて嘆く女子社員は多いってことだ」
そんな皮肉の応酬に口を挟んだのは、細田の向かいに座っている女性事務員の坂下《さかした》だ。
「それがね、違うんですよ細田さん。宮原さんのファンは逆に喜んでますから」
意外な反論だった。
どういうことか? と、宮原と細田が視線で坂下に問う。
「ほら、宮原さんって美人さんでしょ? 一見冷たい美人さんが寝癖なんかつけちゃってると、『うわ、カワイイ〜♪』ってなるわけです」
「カワイイ……? 俺が?」
整った顔立ちだと言われることには慣れているが、「カワイイ」という形容には心当たりがまるでないので、宮原はただ首を傾げるしかない。
だいいち三十にもなる男が、美人だのカワイイだのと褒められても喜ばないだろう。男らしいとかワイルドだとかの──まさに高槻に当てはまるような──形容には程遠い自分の容姿にコンプレックスがあるだけに、なおさら複雑な気分だ。
「ギャップ萌えってやつですよ」
坂下がしたり顔で言い切る。
……いや、それ、全然わからないって。
「つまり美人は何をしてもモテるってことだな。羨ましいぞ宮原」
「モテた記憶は全然ないが」
「陰でこっそりモテてるんですよ」
「ああ……、そう」
陰口をたたかれるよりはマシだろうが、こっそり観察されているのもあまり気分のいいものじゃない。
取りあえず「ギャップ萌え」とやらを引き起こす要因らしい寝癖を取り除くべく、宮原は席を立った。