04
「朝飯作ったりして慌しいからな、鏡なんかじっくり見ていられないのは確かだよ。でも逆に、朝飯ぐらいは俺が作らないとって思うんだ。他はほとんど高槻に任せっきりみたいなもんだから」
「高槻って、高校の時の後輩だっけ? 在宅で仕事してるっていう」
「うん、すごく助けてもらってる。アイツのおかげで、香穂里が出て行った直後よりは全然楽になったよ」

 家賃の高いファミリー向けマンションから2DKの古アパートに引っ越したのが昨年末。仕事と家事育児に追われて時間の無かった宮原の代わりに、高槻が探してきてくれた物件だ。その際、偶然空いていた隣室に高槻も引っ越してきた。宮原が強要したわけではない。高槻が勤めていたデザイン事務所から独立する時で、安くて広い部屋を探していたからちょうどよかった──と言っていた。
 宮原だってなにも初めから高槻に頼りきろうとしていたわけではない。むしろ引越しもして心機一転、これからは父子二人で支えあって生きていこう、なんて張り切っていたのだ。……が、細田同様、高槻にもあの時の宮原がよほど切羽つまって見えたらしく──実際そこそこ切羽つまっていたのだが──、手助けを申し出てくれた。

『雄飛の送り迎えぐらい、俺にもできますけど?』

 と、実に軽い調子で。
 あれから約半年。
 雄飛の保育園の送り迎えから始まった高槻の「手助け」は、今では世話全般に及んでいる。さながら専属のチャイルドシッターのように。

「そのへん、よくわかんねえなー。言っちゃ悪いけど、ただの後輩だろ? 身内でもないのに、なんでそこまで宮原のサポートすんの?」

 細田が心底不思議そうな顔をして首を傾げた。
 その辺り、宮原だって常々不思議に思っていることだ。理由など訊かれても答えられるわけがない。
 実は雄飛だけに留まらず、宮原自身の世話まで少なからず焼かせてしまっている状態だ──なんて教えたら、「やっぱり早く嫁さんを」などと言いだしかねないので、そこは黙っていることにした。

「俺にもよくわかんないよ。とにかく相当俺が頼りなく見えてるらしいんだよな。高校の時から、高槻には何かと世話を焼かれている気がする」
「へぇ……」

 何やら微妙な表情を浮かべ、細田が口を噤んだ。
 そして数十秒後。
 恐る恐るといったふうに、細田が再び宮原の顔を窺い見る。

「…………そいつ、もしかしてソッチ系の人?」
「────は? ソッチって?」
「いやー……、だから」
「なんだよ」
「つまり…………ホモ、とか? 宮原のことが好きで尽くしてる……とか」
「なんだそれ」

 まったく。いきなり何を言い出すかと思えば……。
 細田の斜め上の突飛な発想に、宮原はつい噴き出してしまった。

「ははは。ないわ、それ。それだけはありえない。だって高校の時からアイツ、異常に女にモテたし。アイツと付き合ってた子、何人も知ってる。綺麗な子ばっかりだったよ」

 宮原と高槻の母校は、そこそこ名の通った男子校だ。偏差値はかなり高く、真面目な生徒が多いことで知られている。言い換えれば勉強一筋の、垢抜けないウブな男たちの集まりだったわけだが。
 そんなむさ苦しい男子校の正門に、連日他校の女子生徒が複数、高槻の下校待ちをする光景が名物化していた。
 大学時代も似たようなものだ。高槻は宮原の一年あとに同じ大学に入ってきて同じサークルにも入ってきたけれど、まわりの女のほとんどはあからさまに高槻狙いだった。
 美人は何をしてもモテると宮原のことを細田は言っていたが、高槻のような男は何をしなくてもモテるのだ。ただそこにいるだけでモテる。ギャップ萌えとか、妙な萌えは必要ないのである。

「高槻と知り合ったのは俺が高二の時だから、かれこれ十年以上の付き合いなんだ。その間、俺にも彼女はいたし、結婚だってしたんだぞ。……俺が好きだからって理由で、十年以上ただ黙って尽くしてきたとか、どう考えてもありえないだろ」
「だよな。ありえねえよな。っつーか普通に怖いわ、ソレ。どんだけ執着されてんだ、って感じ」

 細田が苦笑する。
 だったら何故、他人の宮原をここまで助けるのか──という疑問はまだ残るのだが、ホモだの何だのの話題をこれ以上トイレで続けるつもりは細田にもなかったらしい。

「まあ、身内でもないやつをあんまり当てにしない方がいいんじゃないか、ってことだよ。俺が言いたいのは」

 その代わりに、耳に痛い苦言を付け加えられてしまった。



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[どうかとなりにいて欲しい]